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聖霊に満たされるには

クリスチャンが神の愛と力を体験して生き続けるためには「霊的呼吸」が不可欠です。呼吸とは、体にとってきたないものを吐き出し、きれいなものを吸い込む大切な機能であり、人は生きている限り呼吸を続けます。

同様に、クリスチャンは生きている限り霊的呼吸を続けます。霊的に息を吐くとは、罪を告白することであり、霊的に息を吸い込むとは、聖霊(御霊)に満たされることです。

イエスと3年間ともに過ごした弟子たちについて考えてみましょう。弟子たちはみな、ごく普通の人でした。私たちと同じように弱さや欠点もあり、人間的にも未熟でした。弟子たちのリーダー格であったペテロでさえ、イエスが捕らえられた直後には、3度も「イエスを知らない」とうそをつきました。彼らも私たちと同じように臆病な面を持っていたのです。

ところが、この同じペテロが、わずか数か月後には大胆に福音を伝える人物へと変えられていました。彼の力強いメッセージを通して、数千人のユダヤ人がイエスを信じ、この世界に最初の教会が誕生したのです※1。変えられたのは他の弟子たちも同じでした。

なにがペテロを、そして他の弟子たちを、これほど力強い人物に変えたのでしょうか?

「しかし、聖霊があなたがた(弟子たち)の上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地の果てまで、わたし(イエス)の証人となります。」※2

1世紀の弟子たちを根底から変えた力は「聖霊」にあります。生前イエスが弟子たちに約束された「もう一人の助け主」※3 のことです。そして、この聖霊の力は、今日でもイエスを信じる人ならだれでも体験できるのです。

あなたは聖霊についてどのくらいの知識があるでしょうか? どのように聖霊に満たされるのかについて話す前に、まずは、聖霊と聖霊の満たしについての基本を整理してみましょう。

聖霊とはだれなのか

聖霊は神です。自然界に宿る霊(精霊)とか幽霊のようなものではありません。神の力とか影響力でもありません。聖霊には人格があり、神が持つ性質をすべて備えています。

聖書全体を注意深く学ぶと、神は「本質はひとつ(唯一の存在)」であり、その本質の中に「3つの位格(人格)」が存在していることが分かります。それを「三位一体」といいます。聖霊は「三位一体」の神の第三位格であり、父なる神、子なる神(イエス)と等しく神です※4。

なぜ聖霊は来たのか

聖霊は、イエスの栄光をあらわし、聖書の真理に私たちを導くために来られました。十字架にかかる前の晩、イエスは聖霊について弟子たちにこう言われました。

「しかし、 助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」※5

聖霊は、私たちを新しく生まれさせ※6、神を個人的に知ることができるよう助けてくれます。神を知ることで人生は豊かになります。この豊かさを与えることは、イエスがこの世界に来られた目的でもありました※7。

聖霊は、私たちの祈りの生活を導き、イエスについて話す力を与え、渇いたたましいに潤いを与えます※8。聖霊の働きなしには、神が願うようなきよい生活を送ることも不可 能です。聖霊は、クリスチャン生活のすべてを助け、導くために来られたのです。

「聖霊に満たされる」とは

聖霊に満たされるとは、イエスに満たされることです。「満たされる」とは「おさめられ、導かれる」という意味です。つまり、聖霊に満たされたクリスチャンは、自我ではなく、イエスに心がおさめられ、導かれています。それは、復活のイエスが、私たちの内で、私たちを通して生きているような体験です。

ぶどうの枝が健康な幹につながり実を結ぶように、聖霊に満たされているクリスチャンはイエスにつながり実を結びます※9。イエスが私たちの内で、私たちを通して生きるなら、少なくとも二つの側面で実を結ぶようになるのです。

ひとつは私たちの内側で結ぶ実、「御霊の実」とよばれるものです。私たちの心の態度、人格や品性にかかわる実のことです。

「しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。」※10

もうひとつは、私たちの外側で結ぶ実「イエスに勝ち取られたたましい」です。イエスは、私たちを通して、罪から救われる人々を起こされます。

「わたしについて来なさい。 人間をとる漁師にしてあげよう」とイエスは漁師のペテロやアンデレを招きました※11。彼らはイエスに従い、イエスは彼らをそのような人物へと変えられました。

彼らの責任はイエスにつながり、イエスに従うことでした。彼らを通して他の人々をご自身に導くことは、イエスの責任でした。この原則は今日においても同じです。なぜならイエスは、失われた人を救うために、この世界に来られたからです※12。

聖霊に満たされることと「イエスのことばを豊かに住まわせる※13」ことには興味深い関連性があります。両者は車の両輪のように働き、クリスチャンの共同体の中で、互いの成長を助け、心から神を賛美し、あらゆる状況の中で神に感謝をささげる人々を生み出していきます。

聖霊に満たされることは、感情的、神秘的な体験を求めることではありません。日々イエスに心の王座(中心)をおさめていただき、神が望まれるような者に内側からつくり変えてもらうプロセスなのです。

聖霊に満たされていないクリスチャン

クリスチャンが聖霊に満たされていない理由は、大きく分けて二つあります。ひとつは、どのように聖霊に満たされるのかを知らないからです。もうひとつは、神に対する不信仰のためです。

知らないことの問題

テキサス州西部に、エーツ・プールという有名な油田があります。大恐慌の時代、この油田はエーツという人の牧場でした。彼の牧場は経営困難に陥り、エーツ氏は莫大な借金を抱え、家族を養うため、ついには国の生活保護を受けるようになりました。

来る日も来る日も、広大な牧場で羊たちに草を食べさせながら、エーツ氏はどうしたら借金を返せるかと悩んでいたに違いありません。ところがある日、油田会社がやってきて、エーツ氏の所有する土地を掘らせてくれというのです。

エーツ氏所有の土地の地下300メートルに、大きな油田があったのです。毎日1千万リットル以上もの石油が採れました。その次に掘られた場所には、その2倍以上が採れる油田がありました。発見後30年たってからの調査でも、さらに多くの石油の埋蔵量があることがわかりました。

なんとエーツ氏は、これらの油田全部を所有する億万長者だったのです。それなのに生活保護を受けて、貧しく暮らしていたのです。なにが問題だったのでしょう。自分の土地の下に豊かな油田があることを知らなかったことが問題だったのです。

クリスチャン生活を理解するのにこれ以上、適切なたとえはないでしょう。イエスを信じて神の子どもとされた瞬間から、私たちは神の相続人となり、天にある霊的祝福を受け継ぐ存在とされました※14。神の願う実を結ぶために必要なもの(恵み、愛、力、知恵など)はすべて、神から私たちに提供されています。霊的貧困のなかを生き続ける必要はないのです。けれども、神からの力をどうしたら受け取れるのかを知らないがゆえに、霊的貧困の中を生き続けるクリスチャンが実に多いのです。

不信仰の問題

神の愛を疑い、イエスに人生を明け渡すのを恐れているクリスチャンもいます。神の性質に対して、間違った思い込みを抱いているケースもあるでしょう。神に人生を明け渡したら悪いことが起きるのではないか、好きでない人と結婚させられ、楽しみも奪われ、みじめな人生を強要されるのではないかと、口には出さなくとも心ではこのように思っているのです。

そのような心の声は、どこから来るのでしょうか。少なくとも聖書からの語りかけでないことは明らかです。神はご自身を求める神の子どもたちに、喜んでよいものを与えてくださる方だからです。

イエスは父なる神についてこう教えました。「このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子どもたちには良いものを与えることを知っているのです。それならなおのこと、天におられるあなたがたの父は、ご自分に求める者たちに、良いものを与えてくださらないことがあるでしょうか。」※15

イエスに人生を明け渡すことを、恐れる必要はありません。神はあなたを愛しておられ、イエスを通して、あなたの想像以上の豊かな人生を与えてくださるのです。もし神が何かを手放すように導いたなら、それがあなたにとって最善であるからです。安心して、イエスを愛し、従う道を選び取ってください。

以上が、聖霊と聖霊の満たしについての基本です。では、どのように聖霊に満たされるのかについてお話ししましょう。

どう聖霊に満たされるのか

私たちは「信仰によって」聖霊に満たされます。信仰によって、罪から救われたのと同じ道理です※16。クリスチャン生活は信仰によって始まり、信仰によって進んでいきます※17。

「どうか御父が、その栄光の豊かさにしたがって、内なる人に働く御霊により、力をもってあなたがたを強めてくださいますように。信仰によって、あなたがたの心のうちにキリストを住まわせてくださいますように。」※18

聖霊に満たされるために、断食をしたり、泣き叫んだり、神の同情心を乞い求めたりする必要はありません。聖霊の満たしは自分の努力で獲得するものではなく、ただ信仰によって神から受けるものだからです。

たとえば、預金口座からお金を引き出すときに、私たちは銀行の窓口の前でひざまずき、「どうか、私の口座にある現金をお恵みください」と懇願したりはしません。ただ信じて銀行に出かけ、ATMにカードを差し、暗証番号を入れ、すでにあなたのものである現金が引き出されるのを待つだけでよいのです。

聖霊はクリスチャンの心にいつも住んでおられます※19。私たちの心と生活をイエスがおさめ導くよう、いつでも助けを与えてくださるのです。このような理由から「聖霊を与えてください」と神に懇願しなくともよいのです。

必要なのは、心の備えだけです。あなたはイエスに導かれて歩みたいですか※20。神の願うような人につくり変えられたいですか※21。聖霊が気づかせてくれた罪を告白し、神のゆるしときよめを受け取りましたか※22。

聖霊の満たしを求める前に、神の前に静まり、自分自身の心が整えられているかどうかを確認することが大切です。

神の命令と約束

備えができたなら、2つのみことばに心をとめましょう。ひとつは神の命令です。

エペソ5:18には「また、ぶどう酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。むしろ、御霊に満たされなさい」とあります。

神は御霊に満たされることをクリスチャンに命じています。聖霊に満たされることは、神のみこころなのです。

もうひとつは、神の約束です。 Iヨハネ5:14-15にはこうあります。「何事でも神のみこころにしたがって願うなら、神は聞いてくださるということ、これこそ神に対して私たちが抱いている確信です。私たちが願うことは何でも神が聞いてくださると分かるなら、私たちは、神に願い求めたことをすでに手にしていると分かります。」

あなたが聖霊に満たされることは、神のみこころですか。もちろん、そうです。神がそう命じておられるからです。では、あなたが「聖霊に満たしてください」と神に願うなら、神はその願いに答えてくださいますか。そうです。あなたが聖霊に満たされることは神のみこころですから、信じて求めるなら、必ずそうしてくださるのです。

聖霊の満たしを願い求めるとき、以下のポイントにも心をとめてください。

➢ あなたがクリスチャンなら、聖霊はすでにあなたの内に住んでおられます。呼吸は体の外からきれいな空気を取り込みますが、聖霊はあなたの外から迎えるわけではありません。

➢ 聖霊の満たしは、祈るという「行為」によってもたらされるわけではありません。神と神のことばに信頼する「信仰」が大切です。

➢ 「満たされなさい」は、原語では「満たされ続けなさい」という継続のニュアンスがあります。ですから、一度満たされれば十分というものではなく、生涯呼吸のように続けていく性質のものです。

➢ 感情体験を追い求めてはいけません。聖霊の来た目的は特別な感情体験を持たせるためではなく、私たちの生涯に神の願う実を結ばせるためです。感情は大切なものですが、浮き沈みがあるものなので、信仰生活の土台に感情を据えることがないよう注意しましょう。

➢では最後に、聖霊に満たされるため、以下のような信仰の祈りを紹介します。もしこの祈りがあなたの心を表しているのなら、神の前に静まり、あなたの信仰の表明として、心から神に祈ることをお勧めします。

「神さま、私を愛してくださりありがとうございます。私は今、私の心を罪深い自我が支配していることに気づきました。気づかせてくださり感謝します。いま私はもう一度、イエスさまが私の心をおさめてくださるように願います。あなたの命令と約束にもとづいて、私を聖霊に満たしてください。あなたが願う実を結ぶよう、私を変えてください。 アーメン。」

霊的呼吸のプロセスは、罪を告白することに始まり、聖霊の満たしを求めることで進んでいきます。聖霊に満たされた歩みを日々続けていくと、あなたの内面に御霊の実が見られるようになり、祈りの生活とみことばの学びが意味あるものとなります。他の人に福音を伝えるときにも、聖霊の力を体験するようになるでしょう。神が用意されている豊かな冒険の生涯は、ここからはじまるのです。

[著者紹介]ビル・ブライト(1921-2003年)実業家であり、フラー神学大学院の大学院生であったビル・ブライトは、将来社会を導くリーダーに福音を届けるビジョンをもって、妻のヴォネットとカルフォルニア大学ロサンゼルス校で伝道を開始。このムーブメントが全米、世界各国に広がった。ビルとヴォネットは、国際キャンパス・クルセード・フォー・クライストの創設者であり、長年総裁を務めた。多くの著書、小冊子が多数ある。本稿はビル・ブライト博士の著作 “How You Can Be Filled With the Spirit”の日本語短縮版。

(1) 使徒2:14-42参照 (2) 使徒1:8 (3) ヨハネ14:16

(4) 三位一体の詳しい解説はここではしませんが、大切な教理なので、他の機会にじっくり学ばれることをお勧めします。 三位一体に関してはこちらの記事をご覧ください。

https://www.studentinjapan.com/a/trinity.html

(5) ヨハネ14:26 (6) ヨハネ3:1-8 (7) ヨハネ10:10, 17:3 (8) ローマ8:26, 使徒1:8, ヨハネ 7:37-39 (9) ヨハネ15:5 (10) ガラテヤ5:22~23a (11) マルコ1:17 (12) ルカ19:10 (13) コロサイ3:16-17とエペソ5:18-20を比較参照 (14) エペソ1:3-14 (15) マタイ7:11 (16) エペソ 2:8, 9 (17) コロサイ2:6 (18) エペソ3:16-17a (19) ローマ8:9, コロサイ1:27, ヘブル13:5 (20) マタイ5:6 (21) ローマ12:1, 2 (22) Iヨハネ1:9