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確信をもって祈るには

あなたが祈るとき、人々の生き方や国家のあり方を変えるため、神があなたを用いていると考えてみたことはありますか。1世紀のイエスの弟子たちは、そのことをよく知っていました。悪がはびこる世界の中で、迫害や困難の中でも、彼らは祈り続けました※1。 結果として、キリストを信じて変えられる人たちが増え広がり、当時の世界に大きな影響を与えるようになったのです。

キャンパス・クルセード・フォー・クライストの働きを始める前、私は教会の伝道チームを連れて、一年以上もあちこちの大学の寮を訪ねて福音を伝えました。けれども私の知る限りでは、どの集会でも、キリストに生涯をゆだねる決断をした人は起こされませんでした。

1951年の春、神の導きによってキャンパス・クルセードを創設したとき、私たちがまず取り組んだのは、1日の24時間を15分ずつ96に分けての祈りの連鎖でした。当時 UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で新しい働きが始められようとしていましたが、そのために多くのクリスチャンが毎日15分を割いて祈ってくれたのです。

この祈りの連鎖の直後に開かれたUCLAの女子寮での集会では、このような集会は初めてでありながら、参加した60名の女子学生のうち、半数以上がイエスを信じたいと申し出ました。それから数か月のうちに、UCLAの250人以上の学生がイエスを信じ、神に人生をゆだねる決心をしました。学内ではクリスチャンが大きな影響を与えはじめ、学校のチャイムも正午には讃美歌を奏でるようになりました。

神の祝福がこのように前例のないほどに現れたのは、偶然の出来事ではありません。たくさんの神の子どもたちの真剣な祈りに、神が答えてくださった結果なのです。その後、全世界に広がった私たちの働きの祝福は、同様に、世界中の多くのクリスチャンたちの祈りの結実なのです。

けれども、このような祈りの力があるにもかかわらず、どのように祈ったらよいのかわからないクリスチャンが多いのも事実です。そこで、初めに祈りに関する基礎的な真理についてお伝えし、最後に、確信をもって祈るためのポイントをお話ししたいと思います。

祈りとは何か

祈りとは神との会話、神とのコミュニケーションです。ある人はこう言いました。「祈りとは互いに愛し合う、神と人の対話である。」 神はあなたを愛しておられ、あなたはその愛に応答し、両者の間に親しい対話が始まるのです。

けれども、祈りは言葉以上のものです。言葉にならない思いや感情を神に向けることでもあります。祈りは神との関係に基づくそれぞれの体験であり、単なる宗教的な活動ではありません。あなたは神の子どもとして大胆に神のそばに近づき、神との心からの対話を始めるようにと招かれているのです※2。

誰が祈れるのか

人は誰でも祈ることができます。神に似せて創造された人間には※3、祈るという本能があるようです。ここで注意しなければならないことは、何に祈るのかという問題です。多くの場合、人々は人間が作り出した偶像に語りかけ、そこには実りある対話はなく、実はまことの神を悲しませているのです。

イエスは十字架にかかる前の晩、弟子たちにこう語りました。

「あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしがそれをしてあげます。」※4

神との実りある対話は、イエスにより頼むすべての人に与えられている特権です。特に3つの心をもって、祈ることが求められています。

1.きよめられた心
効果的な祈りができる人とは、神によってきよめられた心を持つ人です。ある詩篇の記者はこう告白しています。

「もしも不義を私が心のうちに見出すなら、主は聞き入れてくださらない。」※5

つまり、生活の中に告白していない罪があるのならば、神との親しい対話や、祈りの答えは期待できないということです。ケーキ作りでレシピの一つを入れ忘れただけで失敗するように、生活の中で罪の告白を忘れるのなら、実りある祈りの生活は失敗に終わるのです。

2 ゆるす心
効果的な祈りができる人とは、ゆるしの精神を持つ人です。ゆるさない心は、効果的な祈りを妨げる最大の要因のひとつです。

イエスは人々にこう教えました。「また、祈るために立ち上がるとき、だれかに対し恨んでいることがあるなら、ゆるしなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの過ちをゆるしてくださいます。」※6

イエスが弟子たちに教えた有名な「主の祈り」では、日々の必要を求める祈りの後に、ゆるしを与え、ゆるしを受ける祈りが続いています※7。

3 神に信頼する心
効果的な祈りができる人とは、信仰をもって祈る人です。イエスは、目の前の山が動くという印象的な例話の中で「あなたがたは、信じて祈り求めるものは何でも受けることになる」※8 と弟子たちに教えました。

目が見えない二人の人には 「あなたがたの信仰のとおりになれ」と言って※9、目が見えるようにされました。この地上で無力を感じる時はなおさら、天においても地においてもいっさいの権威を持つお方に信頼し、祈りをささげましょう。イエスがいつもともにいてくださる現実を、あなたも体験することでしょう※10。

なぜ祈るのか

私たちが祈るのは、聖書で祈るようにと繰り返し、命じられているからです。「絶えず祈りなさい。」「どのような時でも祈りなさい。」「感謝をもって祈りなさい。」これらはその代表的な ものです※11。

また祈るのは、神との親しい交わりを持つためです。私たちを愛する神は、私たちとの親しい交わりを望んでいます。私には二人の息子がいますが、どんなに忙しくとも彼らが近くに来てくれると喜びを感じます。息子が書斎にやってきて、隣で静かに本を読んでいるだけでも、私は彼らからの愛情を感じます。あなたが祈るとき、神も同じように思っているのではないでしょうか。

また、私たちはイエスの模範があるので祈ります。イエスの生活と働きはやるべきことであふれていました。群衆を教え、病人をいやし、個人的にも人と会い、遠方まで旅をし、その中で弟子たちを訓練されました。

それなのに、父なる神との時間をしっかりと確保していたのです※12。イエスの弟子たちも、歴史の中で神に用いられた多くのクリスチャンも、祈りを大切にしていました。私たちも忙しさを言い訳にせず、優先して祈りの時間を確保する必要があるのです。

祈ることは、私たちを霊的に養います。食事を一度くらい抜いても体に悪いことはないでしょうが、さすがに一週間も食事なしで過ごせば、体は衰弱するでしょう。同様に一日くらいなら、祈りや御言葉なしでも、それほどの影響はないかもしれません。しかし長い間それが続くなら、霊的な栄養失調になってしまい、力強いクリスチャン生活を送ることはできなくなるでしょう。

祈りは、私たちの生活とこの世界に、具体的な実(祈りの答え)をもたらします。キリストの効果的な証し人となるためには、祈りが必要です。私たちは神について人々に語る前に、人々について神に語ります。それが効果的なキリストの証し人となるための秘訣です。祈りはこの世界に、神が望まれる結果をもたらします。ですから私たちは祈るのです。

だれに祈るのか

私たちは、主イエス・キリストの御名によって、聖霊の働きを通して、父なる神に祈ります。イエスがおられるので私たちの祈りが聞かれ、聖霊がおられるので私たちの祈りが正しく聞かれるのです。しかし、神は三つの位格で表された唯一の神ですから※13、イエスへの祈りも、聖霊への祈りも、神への祈りであることには変わりはありません。

いつ祈るのか

1テサロニケ5:17には「絶えず祈りなさい」と書かれています。つまり、心が主に導かれ、いつも祈りの態度でいることが大切だということです。朝起きた時から寝る時まで、心の中でも、声に出してでも、私たちは神に祈ることができます。

毎日、祈りのために特別な時間を決めておくことも有益です。その時間に聖書を開き、神のことばを読み、神と語るのです。静かに神の臨在の中で黙想するとき、神は聖書のことばを通して、私たちに語りかけます。真実な祈りとは、私たちが神に語るとき、神が私たちに語ってくださるように願うことです。

定期的に、グループで祈ることも意義深いです。教会、家庭、学内、職場などで祈り会があるならば、参加してみましょう。祈るときは、順番に祈ったり、いっせいに祈ったり、さまざまな祈り方がありますが、導く人の指示に従いましょう。

私たちはよく「会話の祈り」という祈りをしています。それぞれが御霊に導かれるまま、自由に、短く祈り、他の人が祈る時には静かに耳を傾けます。だれかの祈りに同意したり、同じ人が何度も祈ることもあります。ただ神の臨在を意識しつつ、さまざまな課題について一緒に祈るのです。

祈りの四要素

祈りには4つの要素が含まれます。それらは以下のものです。

① 賛美(Adoration)
② 告白(Confession)
③ 感謝(Thanksgiving)
④ 願い(Supplication)

英語の頭文字をとって ACTS(使徒の働き)と覚えます。もちろん ACTS は単なるガイドラインであって、この順序を厳格に守らなくてはならないとか、毎回の祈りに必ず含まなければならないというものではありません。

① 賛美
神を敬愛しつつほめたたえましょう。私たちは心で、あるいは唇で神を賛美し、畏敬と感謝の気持ちをもって神に近づきます。祈りは言葉以上のものです。それは、神に向かって心を開くことであり、外面的な行為というより、内面的な体験です。「正しい者たち、主を喜び歌え。賛美は直ぐな人たちにふさわしい。」※14

② 告白
神の前で正直に罪を告白しましょう。罪を認めず告白を拒むなら、神はあなたの祈りを聞かれません※15。告白とは「同意する」※16 という意味です。もし過ちがあるのなら、示してくださった神に同意しましょう。

キリストはその罪のためにも十字架で死んでくださいました。ですから、ゆるしがあることを感謝しましょう。心を神に向け、方向転換(悔い改め)をして、神の願う態度が持てるように、ふさわしい行動ができるように、祈り求めましょう。神の前では、ごまかしたり、仮面をつけたりせずに、いつも裸であることが肝要です。

③ 感謝
すべてのことにおいて神に感謝しましょう。1テサロニケ5:18には「すべてのことにおいて感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」と書かれています。

日々与えられる祝福のことだけでなく、問題や逆境さえも感謝しましょう。そのような信仰による感謝は、神に喜ばれることです。神はよい方であり、あなたの人生によい計画をお持ちです。私たちにはよくわからなくとも、全知全能の神は、すべてのことを働かせて、益とすることができるお方なのです※17。

④ 願い
特別な必要のために神に願いましょう。ピリピ4:6には「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい」とあります。

まずは、自分のため、日々、聖霊に満たされて歩めるようにと祈りましょう。問題があれば知恵を求めて、悲しいときは慰めを求めて祈りましょう。 家族や友人のためにも祈りましょう。霊的なことに敏感となり、たましいが救われるように祈りましょう。さまざまな人たちのために、とりなしの祈りをささげましょう。

確信をもって祈る

最後に、確信をもって祈り、祈りの答えが与えられるために、4つの命令に従うことをお勧めします。

1.とどまりなさい
イエスは「あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまっているなら、何でも欲しいものを求めなさい。そうすれば、それはかなえられます」※18 と約束しました。私たちが心の王座をイエスに明け渡し、聖霊によって歩むなら、神の心にかなう祈りが私たちを通してささげられることでしょう。

2.求めなさい
祈りの答えを期待するなら、求めなければなりません。ヤコブは「自分のものにならないのは、あなたがたが求めないからです。求めても得られないのは、自分の快楽のために使おうと、悪い動機で求めるからです」※19 と言いました。イエスご自身も、福音書の中で祈り求めることの重要性を何度も教えられました※20。

3.信じなさい
イエスは「信じて祈り求めるものは何でも受ける」※21 と教えました。祈りが答えられるためには、このような信仰の態度が重要です。しかし、どのようにしたら、このような信仰を得られるのでしょうか。大いなる神に、ただ信頼すればよいのです。信仰は量ではなく、質であることをイエスは教えています※22。 神のビジョンを自分のものとし、その実現を信じて、祈り続けてください。

4.受け取りなさい
キリストにとどまり、聖霊に満たされ祈り求めているのなら、祈りが答えられる備えをしてください。祈りの答えを受け取ったときのことを想像してみてください。そして、祈りに答えてくださる神に、前もって感謝をささげてください。

私は、復活のイエスが命じられた大宣教命令※23 が、この世界に成就することを信じて、祈り求めています。この神の偉大なビジョンのために祈ることができるのは、クリスチャンとしての最高の特権だと、私は確信しています。

[著者紹介]ビル・ブライト(1921-2003年)実業家であり、フラー神学大学院の大学院生であったビル・ブライトは、将来社会を導くリーダーに福音を届けるビジョンをもって、妻のヴォネットとカルフォルニア大学ロサンゼルス校で伝道を開始。このムーブメントが全米、世界各国に広がった。ビルとヴォネットは、国際キャンパス・クルセード・フォー・クライストの創設者であり、長年総裁を務めた。多くの著書、小冊子が多数ある。本稿はビル・ブライト博士のメッセージ “How You Can Pray with Confidence”の日本語短縮版。

脚注:(1) 使徒4:23-30 (2) ヘブル4:14,16参照 (3) 創世記1:27 (4) ヨハネ14:14 (5) 詩篇66:18 (6) マルコ11:25 (7) マタイ6:11,12 (8) マタイ21:22 (9) マタイ9:29 (10) マタイ 28:18,20 (11) 1テサロニケ5:17, ピリピ4:6, コロサイ4:2 (12) マルコ1:35 (13) 三位一体 (さんみいったい)と言います。 (14) 詩篇33:1 (15) 詩篇66:18, イザヤ 59:1-2参照 (16) ギリシア語で「ホモロゲオー」ホモ=同じ、ロゲオー=言う (17) ローマ8:28 (18) ヨハネ15:7 (19) ヤコブ4:2b-3 (20) ヨハネ14:14,16:24, マタイ7:7-8 など (21) マタイ21:22 (22) マタイ17:20 (23) マタイ28:18-20