×
検索

聖霊に満たされて歩むには

人はだれでも、愛されることを求めます。人が人らしく生きるためには、愛し愛される体験が何よりも必要です。罪に満ちた世界では、不十分な愛しか体験できません。しかし愛である神は、神の子どもとされた私たちに「愛する」力を惜しみなく与えてくださいます。

ギリシア語には、日本語で「愛」と訳せる言葉が、少なくとも三つあります。

⚫ エロス: 肉体の欲望を表す言葉で、新約聖書では使われていません。

⚫ フィレオ: 友情や、家族への愛情を表す言葉です。相手が自分にとって「愛するに値する人だから愛する」というニュアンスがあります。

⚫ アガペー: 神の愛を表す言葉です。もっとも純真で、深い愛を表します。単なる感情や気分で愛するのではなく、愛するという意志だと言うこともできます。

アガペーとは神の超自然的で、無条件な愛のことです。イエス・キリストが私たちの罪の身代わりに十字架で死なれたことで、アガペーの愛は最大限に表されました。

私たちはこのアガペーの愛を、聖霊によって体験することができます。そして神は、私たちを通して、このアガペーの愛を他の人々に体験してもらいたいと願っているのです。

アガペーの愛は、愛される側が、愛されるに値する「何か」を持っているから愛するというものではないのです。愛する主体である神が、愛の性質を持っているから、愛するのです。神の愛は「だから」の愛ではなく、「それにもかかわらず」の愛だと言われるのはそのためです。

使徒パウロはコリントの教会に対して、このアガペーの愛を互いに示すことの重要性を教えました※1。神や人のためにどんな大きな奉仕を成し遂げたとしても、愛がなければ、何の役にも立ちません。パウロはその直後に、アガペーの愛がどのようなものかをこう教えています。

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、苛立たず、人がした悪を心に留めず、不正を喜ばずに、真理を喜びます。すべてを耐え、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを忍びます。愛は決して絶えることがありません。」※2

私たちはどうすれば、アガペーの愛に生きることができるのでしょうか。以下にご紹介する、愛に関する 5 つの真理が、その助けとなります。5つの真理を自分の生活に適用してみましょう。あなたも神の恵みの中、アガペーの愛を表す人として、成長することでしょう。

愛に関する5つの真理

1. 神はアガペーの愛であなたを愛している

神はアガペー、すなわち1コリント13章に記されているような愛で、あなたを愛しています。この真理に絶えず心をとめることは、とても重要です。私たちは自分の問題や失敗に直面するとき、神に愛想をつかされるのでは、と不安になることがあります。けれども、神の愛は、私たちの態度や行動に基づくものではありません。

私たちがまだ罪人であったときから、神は私たちを愛していました。その大きな愛のゆえに、神のひとり子が十字架で、私たちの身代わりに死んでくださったのです※3。あなたはこれほどまで、神に愛されているのです。

ルカの福音書15章にある、放蕩息子のたとえに心をとめてみましょう。弟息子は失礼なことに、生きている父親の財産を要求し、父の家を離れて遠い国に旅立ち、その財産をすべて浪費してしまいました。

しかし自分の愚かさ、惨めさに気づいて父の家に戻った息子を、父はどのように迎えたでしょうか。

「ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけて、かわいそうに思い、駆け寄って彼の首を抱き、口づけした。…父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い衣を持って来て、この子に着せなさい。手に指輪をはめ、足に履き物をはかせなさい。そして肥えた子牛を引いて来て屠りなさい。食べて祝おう。」※4

たとえあなたが、この放蕩息子のように不従順であっても、神は忍耐強く、あわれみ深く、あなたを愛していたのです。神の愛とゆるしにあなたが応答することを、神は待っています。あなたはいつでも安心して、この方の温かい懐に戻ることができるのです。

神の愛について、もう一つ驚くべき事実があります。それは父なる神がひとり子イエスを愛するように、私たちをも神は愛しているということです。十字架にかかる前の晩、祈りの中でイエスはこう語りました。

「あなた(父なる神)が…わたしを愛されたように彼ら(イエスを信じる人々)も愛されたことを、世が知るためです。」※5

なんと大きな愛で、神は私たちを愛していることでしょう。

2. 神は愛することを命じている

あるとき、ひとりの律法学者がイエスのところに来て、数ある聖書の命令の中で「どれが第一の戒めですか」と質問しました。イエスは旧約聖書のある箇所を引用してこう答えました。

「第一の戒めはこれです。『聞け、イスラエルよ。主は私たちの神。主は唯一である。あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』 第二の戒めはこれです。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。』 これらよりも重要な命令は、ほかにありません。」※6

私たちは何よりもまず、神を愛するように命じられています。クリスチャンになって間もない頃、私はこの「全身全霊で、神を愛せよ」という命令に戸惑いました。そのような高い基準に、どうしたら到達できるのでしょうか。

二つの気づきが、私にとって大きな助けとなりました。ひとつは、聖霊が私の心を神の愛で満たしてくださるという約束です※7。

もう一つは、神のご性質を黙想し、神がどれほどよいことを私の人生にしたのかを振り返ることで、神に対する私の愛が成長したことです。私が神を愛するのは、神がまず私を愛している事実があるからなのです※8。

続いて私たちは、他の人々を愛するようにと命じられています。もし私たちが、心から神を愛して歩むのなら、自分を愛するように隣人を愛することが、ごく自然な流れでしょう。一人ひとりが、神との縦の関係にしっかりと結ばれているのなら、他者との横の関係にも適切な変化がもたらされます。

たとえば、テーブルの上を自由に転がるビリヤードの玉は、その構造上の本質から、当然のように互いにはじき合います。しかし、もしそれぞれの玉が紐で結ばれているなら、紐を持ち上げたとき、玉は鈴なりに持ち上がるのです。

クリスチャン一人ひとりが、キリストにしっかりとつながり、神を深く愛するなら、クリスチャン同士の関係にも変化が起こるのです。

最後に、忘れてはならないことは、「愛する」対象には自分自身も含まれるということです。クリスチャンであっても自分を受け入れることができないでいる人が、少なくありません。

告白していない罪からくる罪責感であったり、他者との比較による劣等感であったり、理由はさまざまですが、 ありのままの自分を愛することが難しいのです。あなたはいかがでしょうか。

神はあなた自身を愛するように、隣人を愛するようにと命じています。他者を愛するためにも、神があなたを愛するように、あなた自身を愛することを学んでください。

3. 自分の力では愛せない

愛に関する三つ目の真理は、私たちは自分の力では愛せないということです。肉のうちにあるもので、神を喜ばせることができません※9。自分の力では、人を愛することはできません。

アガペーの愛、神の無条件の愛を実践することは、私たちには本質的に無理なのです。私たちは何度、だれかを愛そうと決心したことでしょう。愛の感情を生み出そうと試みたことでしょう。そのたびに「ああ、私は人を愛せない。私には愛がない」と心の奥底で叫んだことでしょうか。

生まれつきの私は、忍耐深くはありません。親切でもありません。嫉妬深く、ねたみやすく、高慢です。尊大で、うぬぼれが強く、利己的で、無礼で、自分勝手なことばかりを要求します。私たちは、自分の力では、神が愛されたように、人を愛することはできないのです。

4. 神からの愛で愛することができる

私たちが救い主イエスへと導かれたのは、神の愛があったからです。イエスを信じてからも、私たちは日々、神の愛に支えられ、励まされています。私たちのうちにある神の愛によって、私たちは人をキリストに導き、他のクリスチャンに仕えます。神の愛は、イエスの生涯に豊かに表されています。聖書を読み、イエスについて黙想するとき、神の愛をより深く知ることができます。

神の愛はいつ、どのように、私たちの人生に入ってきたのでしょうか。それは、私たちがイエスを信じ受け入れ、聖霊があなたの心に住むようになってからです

「御霊の実は、愛(アガペー)です。」※10 私たちが聖霊に導かれて生きるとき、その結実としてアガペーの愛が、あなたの心と生活に現わされるのです。

この神からの愛で愛するという真理は、論理的には理解できます。しかし実際に、神の愛を行動に移そうとすると、何かが足りないのです。その方法は、最後のポイントでお伝えします。

5. 信仰によって愛する

愛に関する5つめの真理は、信仰によって愛するというものです。クリスチャン生活のすべては、信仰に基づいています。信仰によってイエスを信じたように、信仰によって聖霊に満たされます。同じように、信仰によって愛するのです。

もし愛が御霊の実であるのなら、聖霊に満たされていれば、十分なはずです。確かに神の観点から見れば、その通りです。しかし私たちの実際の体験においては必ずしも、それでは十分とは言えません。神の愛を表す多くのクリスチャンは、意識せずとも信仰によって愛しているのです。

神は確かに、互いに愛するよう、私たちに命じています。十字架にかかる前の晩、イエスは 「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合う」ように弟子たちに命じました※11。

つまり互いに愛し合うことは明らかに、神のみこころだと言うことができるのです。『聖霊に満たされるには』のメッセージで学んだように、神はみこころにかなう祈りに答えてくださると約束しています※12。愛することが困難な人たちのために愛することを願い求めるのなら、神はその祈りに答えてくださるのです。

以前、私はある同僚を愛することに困難を覚えていました。私はそのことで悩みました。彼を愛したいと願っていました。また、神が愛するように命じていることも、もちろん知っていました。

けれども、ちょっとした意見の食い違いや、性格の違いもあり、私にとって彼を愛することは不可能であるかのようでした。けれどもある朝、神との時間に、1ペテロ5:7のみことばを読みました。

「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」※13

私の思い煩いを神にゆだねて、信仰によって彼を愛することを思い出させてくださいました。「この同僚に対する神の愛をください」と祈ったとき、私の不安は取り去られ、この問題が神の御手にあることがわかりました。

その同僚は当然、この朝の私の祈りを知るはずもありません。しかしその1時間後、同僚からの手紙を、私は手にしました。手紙はその前日に書かれたものでした。主は私の中における変化を予見していたようです。

その日の午後、私とその友人とは、今まで経験したことがなかった豊かな分かち合いと、祈りのときを持つことができました。信仰によって、神の愛をもって愛することが、私たちの難しい関係を変えたのです。

神の愛、アガペーの愛は最大の力です。神の愛は、過去の歴史を変えただけではありません。今日の世界をも、変えるのです。この愛は、決して絶えることはありません。神の愛はあなたの家庭に、あなたの職場に、あなたの大学で、あなたの教会に、大改革を起こすことができるのです。

信仰によって愛し始めよう

アガペーの愛は、しばしば他者への思いやりとして行動に移されます。相手の必要に敏感になり、優しい思いがあなたからあふれてきます。一人でいるときかもしれませんし、授業中や仕事中であるかもしれません。どうしてそうなるのかはわかりませんが、だれかの必要に応えてあげたいという願いがあふれてくるのです。

その優しい思いに従い、信仰によって愛することを始めてください。神の優しい思いやりが、あなたを通して、周りの人に流れるように祈り求めてください。

日本から取り寄せた雑誌に、一匹の蝶々が描かれていました。印刷されたその蝶々の色はくすんだ灰色でした。ところが指で触れ、蝶々を温めると、特別なインクの働きで、灰色がキラキラとした虹色に変わったのです。

罪でくすんだこの世界には、傷つき、見かけは元気でも、本当の姿は孤独である人たちであふれています。本当の意味で自分を愛し、自分に関心をもってくれる人を求めています。あなたの関心とアガペーの愛の温かさで触れて、蝶々のイラストのように変えられる、だれかがあなたの周りにもいるのではないでしょうか。

あなたがどうしても好きになれない人は、どうでしょう。一緒にいると心がすり減る人に対しては、どうでしょうか。

私がお勧めしたいのは、あなたが愛せないと感じる人のリストを作成し、感情によってではなく、信仰によって彼らを愛し始めることです。もしかすると、そのリストの中には、あなた自身の名前も含まるかもしれません。

リストにあげた人に対し、アガペーの愛で愛せるように祈りましょう。1コリント13章にあるような愛を示すことができるように、神に願い求めましょう。

「御霊の実は愛です。」果実と同じように、愛も成長します。果実が熟するまでには、種がまかれ、花が咲き、受粉し、温かな太陽と潤いをもたらす雨を受けて育ちます。強い風や雨に耐えるときもあるでしょう。

同じように、日々の生活の中で、あなたの愛は喜びによって温められ、涙によって潤され、環境という風にのって広がっていくのです。神は私たちが体験するすべてを用いて、私たちを成長させてくださいます。

私たちの愛を育てるのは、神です。愛における成長は、絶えることなく続いていきます。

最後に、パウロが祈ったように、あなたのためにお祈りします。

「私たちがあなたがたを愛しているように、あなたがたの互いに対する愛を、またすべての人に対する愛を、主が豊かにし、あふれさせてくださいますように。」※14

[著者紹介]ビル・ブライト(1921-2003年)実業家であり、フラー神学大学院の大学院生であったビル・ブライトは、将来社会を導くリーダーに福音を届けるビジョンをもって、妻のヴォネットとカルフォルニア大学ロサンゼルス校で伝道を開始。このムーブメントが全米、世界各国に広がった。ビルとヴォネットは、国際キャンパス・クルセード・フォー・クライストの創設者であり、長年総裁を務めた。著書、小冊子も多数ある。本稿はビル・ブライト博士のメッセージ “How You Can Love by Faith”の日本語短縮版である。

脚注:(1) 1コリント13章 (2) 1コリント13:4-8a (3) ローマ5:8 (4) ルカ15:20,22,23 (5) ヨハネ17:23 (6) マルコ 12:28-31参照 (7) ローマ5:5 (8) 1ヨハネ4:19 (9) ローマ8:8 (10) ガラテヤ5:22 (11) ヨハネ15:12 (12) 1ヨハネ5:14,15 (13) 1ペテロ5:7 (14) 1テサロニケ3:12